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ここが変だよ!日本のIT
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第2回:なぜ日本のIT業界ではスーパーSEを育てられないのか
著者:アプリソ・ジャパン  ジェームス・モック   2006/10/12
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学界と企業のスパイラル

   ものづくりの世界では、前述のような長い歳月を経験してきた職人しか得られない暗黙知が重要になる。一方、ITの分野では、誰にでも伝えられる形式知が必要になってくる。だが形式知は、インターネットとコンピューターが発達している今の時代では、もはや「コモディティ」(日常品)化しており、だれでも努力すれば入手可能になっている。単にプログラミング言語やパッケージ、ツールなどに精通し、導入実績をどれほど作っても「神様」のような存在にはなれない。そうした技術は、すぐに陳腐化していくからだ。

   「神様」のような存在になるには、ただ世の中の形式知を追いかけるのではなく、新しい知識を創出できなければならない。

   新しい知識を創り出すためには、基礎理論をよく理解することはもちろん、その上で仮説を立てる想像力が求められる。残念ながら、日本人のSEは中国や韓国、欧米と比べて、情報工学の基礎教育を受けていない人の割合が高い。職場のOJTでITツールの機能を身に付けてSEになるだけでは、なかなか業界をリードする情報発信型のエンジニアにはなれない。

   筆者が留学した米スタンフォード大学院では、工学部の授業はテレビ会議を通じて、世界各地の企業の職場のエンジンニアと一緒に進める。そうすることで、学生は職場からの質問とディスカッションを通じて、応用力を習得する機会を得るわけだ。一方、職場の前線にいるエンジニアは、大学の最新研究結果や理論を学ぶことができる。

   また、大学院のコンピューター設備には、常に最新のバーションのハードとソフトが、ベンダーから提供されている。IT分野を専攻していない学生に対しても24時間開放し、遊びの感覚で使えるようにしている。

   これはベンダーからすれば、一流のエンジンニアが一旦最新のツールに慣れれば、絶対に元に戻れないと考えているからだ。そして、就職先で積極的に最新ツールのメリットを宣伝してもらうことも期待している。

   こうした学校と職場の緻密な交流を、日本ではあまり見かけない。

   片や、企業側は新卒に対してそれほど即戦力を期待していないように見える。もともと、一から会社が再教育する前提だから、高学歴の学生の採用や、入社した後に学んだ知識に基づく評価にもあまり積極的ではない。ここで、第一のスパイラル関係ができてしまい、悪循環に陥る。

   そのため、コンセプチュアルスキルが必要なアーキテクチャ設計や、ソフトウェアエンジンニアリングの進歩を反映したプロジェクトマネジメントなどが、それほど各企業で成熟していない。学界の研究と職場の実践において、大きなギャップがあることが1つの要因だと考えられる。


アーキテクチャの重要性に日米間で大きな格差 〜 ソフトベンダーとユーザ企業のスパイラル

   米国では、ユーザ企業のITマネージャたちがアーキテクチャを重視し、かつ評価している。また、ソフトベンダーは常に最新のアーキテクチャのコンセプトを生かしながら、汎用性が高いアプリケーションプロダクトをリリースしている。同様に、サービスベンダーのプロジェクトマネージャは、しっかりとシステムアーキテクチャを管理している。

   一例をあげよう。筆者が在籍しているソフトベンダーの設立者は、元々米国の防衛航空会社のIT部門で働いていた。14年前のある社内プロジェクトで、CIM(ComputerIntegrated Manufacturing)という新しいコンセプトの下、C/Sのアーキテクチャ上で、初めてメインフレームのMRPと連携しながら、現場業務を支援するシステムを構築した。製造や物流、品質、従業員の時間管理などの実績をリアルタイムに収集し、統合管理するシステムとして、かなり幅が広いスコープをカバーしていた。

   ところが本番稼働前に、その会社が合併するということになり、本システムの一部の機能しか使われることがなくなってしまった。

   だが、プロジェクトに参画したエンジニアには後悔はなかった。そして彼らは、このプロジェクトの成果物をベースプロダクトとして、ソフト会社を興すことに成功した。当時C/Sの活用というアーキテクチャが評価され、パッケージが他業界に展開されていった。だが同じことは、日本では起こりにくいと思う。おそらく日本のSEは、実用されていない機能を自ら宣伝することはないだろう。実績がないものに対しては、「机上の空論」として否定し、思考のプロセスをそこで止まてしまうからだ。

   この事例には続きがある。筆者は、このパッケージの新バーションをC/Sから進化させてSOAを基盤にする、自動車のモジュールを構築するプロジェクトに参加した。

   フランスの自動車部品会社では、横展開しやすく、拡張性も備えたアーキテクチャを評価し、自社の現場業務のプラットフォームとして、このパッケージを選択した。

   一般的に日本のITプロジェクトは、1つのユーザ企業に対して細かい業務機能を開発することは得意だ。だが、この事例のように最初からアーキテクチャの汎用性・拡張性を考慮した上で、システムを構築する企業は少ない。

   また、このように戦略的にアーキテクチャを評価する能力が欠如している半面、細かいGUIの設計やバグなどに対して敏感に反応する。

   こうしたことから、システムを導入する立場のベンダーは、アーキテクチャや汎用部品の組み合わせという選択肢をとらない傾向が強くなる。むしろ、そのままベンダー自らが面倒をみやすいようにスクラッチで1からプログラムを開発し、完璧なバグレスシステムに仕上げてしまう場合が多い。

   国産のソフトパッケージの導入プロジェクトでも同様だ。ある一顧客のための開発作業が工数の大半を占め、本番稼働後も専任SEを派遣しなければ、保守・維持することはできなくなる。もちろん、こうした形態でパッケージを導入しても、アップグレードの際には相当な困難を伴うことはいうまでもない。

   日本のユーザ企業がシステムアーキテクチャを軽視する間は、日本のソフトベンダーから、グローバルスタンダードになれるようなアプリケーションソフトは生まれにくいと思う。これが第2のスパイラルになる。なお、この事例のフランスの企業はシステムの知的保有権を放棄し、そのかわりに低価格のシステムを他社より一刻も速く手に入れることを優先。先発者の優位性を確保している。こうした判断は、日本のユーザ企業も参考にすべきところがあるだろう。


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アプリソ・ジャパン株式会社 ジェームス・モック
著者プロフィール
アプリソ・ジャパン株式会社   ジェームス・モック
香港生まれ、英国ブリストル大学機械工学卒、米国スタンフォード大学工学修士、テンプル大学MBA修了。1991年に来日。東京大学生産技術研究所でシュミレーション研究と日本企業で鉄鋼成形機械のCAD・CAM設計・開発に携わる。2001年に米アプリソの日本支社を立上げ、テクニカルディレクターとしてMES・POP・WMSなどのソリューションをスペインや中国、韓国、日本で導入するプロジェクトを取りまとめる。現場ユーザや企業の情報システム部門、導入コンサルタント、ソフトベンダの立場から純日本企業と外資系企業の日本国内外ITプロジェクトを幅広く経験している。


INDEX
第2回:なぜ日本のIT業界ではスーパーSEを育てられないのか
  はじめに
学会と企業のスパイラル
  人海戦術がエンジニアをダメにする 〜 SIベンダーとユーザ企業のスパイラル
  「木を見て森を見ず」のスパイラルから抜け出せ!