強盗が 侍魂 呼び覚ます

2008年6月14日(土)
原田 季栄

運命の地下鉄駅

前回までのおさらいをすると、FOSDEM'08(http://www.fosdem.org/2008/)でTOMOYO Linux(http://www.thinkit.co.jp/free/article/0706/17/1/)の発表を行うために単身ブリュッセルに来た私は、到着の翌日、激しく迷いながらも日欧産業協力センター(http://www.eu-japan.gr.jp/base/index1.html)訪問を果たし、その後再び迷いながらも会議のレセプション会場にたどりつきました。

 しかし、苦労して参加したレセプションは単にビールを飲むだけの集まりとわかり失意のまま店を出て、「世界の3大がっかり」、小便小僧を探しに行きました。「今」は、2008年2月22日金曜日の午後7時半を過ぎたところで、私がいる場所は有名な観光地、グラン・プラスの近くです。

 地図(http://maps.google.co.jp/maps/ms?ie=UTF8&hl=en&msa=0&msid=106159858337708025302.0004468f695f5b4b1843e&ll=50.845405,4.352989&spn=0.022545,0.054932&z=14)で見る限りかなり近いはずなのですが、それらしい場所が見つかりません。もともとそれほど小便小僧を見たかったわけでもないので、早めにホテルに戻ろうと思い、最寄りの地下鉄の構内に入りました。

 不思議なことに、金曜日の午後8時前なのに地下鉄の構内にはほとんど人気がありません。改札は1基のみで、駅員のボックスは見えますが、現在外しているようです。トイレに行きたくなり、表示に従い歩いていくと、荷物置き場のようなトイレの前にたどり着きました。

ケチャップ強盗に遭う

 ドアノブに手をかけて開けようとしましたが、開きません。ロックされているようです。不思議だと思い、ノブを回していたら、後ろから右肩を軽くたたかれました。

 「あれ」と思いながら振り向くと、メガネをかけたアラブ系の小柄な男性が私が着ていたダウンジャケットの右肩を指さしています。つられて肩越しに見てみると、何か茶色い汚れがついています。

 「おや?」と思っていると、その男性は次に私のジャケットの左袖を押さえてくれます。親切にもダウンを脱ぐのを手伝ってくれようとしているのです。少しとまどいながらも「thank you」と言って、ジャケットを脱ぎます。

 その時それまでずっと右肩にかけていたショルダーバッグを床に下ろしました(物理学的にショルダーバッグを持ったままだとジャケットは脱げないのです)。脱ぎ終わると、今度はジャケットを両手に持って後ろから眺めます。一連の自然な動作で、誰がやっても多分同じようになります。

 「何の汚れかなぁ」と考えていたその時、それまで黙っていた男性は突然騒ぎ始めました。わけのわからない言葉を発しながら右手で床を指しています。

 その指の差す方向に顔を向け、何もない床を見たその瞬間、私は考えるよりも早く悟りました。「私のショルダーバッグは失われてしまい、もう2度と戻らない」のだと。その時見た光景とその時の気持ちは一生忘れないでしょう。

 男性は今度は、遠く離れた改札の方を指さして大声でまた何か叫んでいます。言葉は理解できませんが、「あっちに行ったぞ」、そう言っているように思いました。

 その声に促されるように私は誰もいない改札の方に走りました。この時はもう普通に考えることができなくなっています。犯人がいるとか、バッグを取り返すとか考えているわけではありません。でもほかに何をすることがあるでしょう?

 改札に行ってみましたが、誰もいないし何も見えません。元いたトイレの方を振り向くと男性は黙って立ったままこちらを見ています。あたりを見回して、もう一度振り向いた時、誰もいなくなっていました。

TOMOYO Linuxプロジェクト
北海道室蘭市生まれ。1985年北海道大学工学部応用物理学科卒。同年NTT(横須賀研究センター)入社。現在の所属は、株式会社NTTデータ技術開発本部。2003年よりオープンソースの研究開発に取り組む。「使いこなせて安全」を目指すTOMOYO Linuxプロジェクトのマネージャ。

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