作品が出会いにつながる
美術館での展覧会にむけて
大学を卒業後すぐに、小さなギャラリーの方から「個展をやらないか」というお話をもらいました。
大学院修了制作展で制作した自主作品「朱(あか)の路」を拝見したのがきっかけでした。個展ではとりあえず学生時代に制作したすべての作品を上映することにしました。2畳ほどのスペースしかないので、一度に6人も入ると満員でした。それでもなんだかんだと1ヶ月の展示期間中に1000人も来てくれて驚きました。その中にはギャラリーMoMoの杉田さん、後に目黒区美術館で個展を開催するきっかけとなる学芸員の家村さんも来てくれました。
美術館での個展は2002年から現在に至るまで3回行いました。どの美術館も建築的な特長や展示する広さが違うだけでなく、美術館側からの「してはいけないこと、考えてほしいこと」も異なります。当然のことではありますが、予算の問題もあります。
筆者の制作姿勢は、根本的には見る側の行為や感覚が自由にはぐくまれる展示内容にしていきたいと考えています。
ある場所で、ある一定期間コミュニケーションされるということのはかなさを含んだ場(サーカスや演劇屋が街に現れ、観客に楽しい気分を与え、やがてまた次の場所に移動していくような)をなんとか形にできたらいいと思っています。場所が変われば、必然的に表現も見せ方も変わっていきます。
だから展覧会の会場表現と作品内容との連動にも筆者なりに気を使います。見に来てくれる人をもてなす気持ちもあります。
1ヶ月半という短い期間にどれくらいの人が訪れてなにを思い、なにを感じてもらえるか。筆者が模索しているのはいつも空間に漂う「気配」を作り出すことなのですが(現代美術家の内藤礼さんのうみ出す気配は筆者にとってとても重要ななにかをはらんでいます)、「気配」というのは醸し出されるもので、醸し出されるものはなにも1つの感情や解釈でもありません。それは「なんかそういう感じわかる気がする」という共感かもしれません。
分離から対関係へ
目黒区美術館での個展は、筆者の表現の幅を大きく変えてくれたというより、新たな視点の獲得に目覚めさせてくれた展覧会でした。それはひとえに学芸員の家村珠代さんのおかげと言ます。家村さんにとっても美術館でアニメーション作家を扱うのはもちろん初めてのことだったし、無名の作家を取り扱うことにかなり悩んだだろうと思います。それでも自分の信念で筆者を抜てきしてくれました。
ミニチュア制作は、ある小さな世界を作り出し、その作り出した世界を「フィジカルに体感」できます。それは作り手自身が最初に体験することです。自ら照明をあてる行為、自らカメラアングルを決める行為、そして自ら人形を少しずつ動かし撮影するという行為を経て最終的に映像という形に定着するのですが、それらすべて「フィジカルに体感」することであって、それはつまり制作の本質であるのです。
それを美術館での展示にも反映できないかと考えました。まず「映像(平面)」と「立体」を分離させようと考えました。そこから新たな方向を見いだし始めました。分離はやがて「対」関係のヒントになりました。「対」関係は筆者自身(双子ということです)でもあり、とても身近なものでした。「物語(具象)」と「非物語(抽象)」、「人形」と「人間」、「ミニチュア」と「実物」、「仮想世界」と「現実世界」、「光」と「闇」。
立体アニメーションという世界に引き込まれた理由はこのように「対関係」を「フィジカルに体験」できる手段だったからかもしれません。作られた世界(ミニチュア世界や仮想世界)にやっとの思いでなんとか息をしているそれは、もろくて、はかなく、繊細です。
だけどそれは、存在のあいまいさや不完全性といった人間、筆者自身のことではないかと思えるのです。創造(イメージ)の世界は実はこの現実にそっくりそのままあるような気がします。目黒区美術館展覧会では、こうした現実と非現実の境界のあいまいな関係を示すのが、筆者のやるべき表現ではないかと気づかせてもらった展覧会でした。
次回は、立体アニメーションのしくみ、デジタルとアナログについてお話したいと思います。
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