この連載が書籍になりました!『これからのSIerの話をしよう エンジニアの働き方改革

生産性向上を本気で考える

2017年1月19日(木)
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)

はじめに

みなさん、こんにちは。前回は「会社のコアコンピタンス作り」というテーマで、TTWやナレッジ・マネジメントによりコアコンピタンスを発掘して育てることを取り上げました。今回は「生産性向上」という聞き慣れた言葉について、もう一度真剣に考えてみることにします。

「会社の改革のためのその7」―生産性向上を全社で意識付ける

VACD―価値分析とコストダウン

私は1980年に東芝へ就職したのですが、その頃は「VACD」というスローガンが盛んで、工場に行くとあちこちにVACDと書かれた看板やポスターが貼られていました。VAとは「Value Analysis」の略で「価値分析」と訳されています。もともとは“商品の改良やコストダウンを目的に知恵を出し合う”というものだったのですが、実質的にコストダウン(CD)が主体となり、いつの間にかVAがなくなってCDという言葉のみ残った感があります。

現代ではVAの代わりに「VE(Value Engineering)」という言葉の方が使われています。ほぼ同じ意味合いなのですが、厳密に定義するとVE(価値工学)の1つの技法がVA(価値分析)です。DWH(データウェアハウス)という言葉が最初に出て、その後でBI(ビジネスインテリジェンス)という広義の言葉に取って代わられた関係に似ていますね。

購買管理でコスト削減」というWebサイトに、VAを行う際のチェックリストの例がありました。製造業のVAの取り組みがパッと理解しやすいものだったので紹介します。

  • この部品は除けないか。
  • 機能の連合、分割はできないか。
  • 機構、形は変えられないか。
  • 代替材、代用品はないか。
  • 市販品、標準品は使えないか。
  • 公差はゆるくできないか。
  • 生産方法は変えられないか。
  • 新しい加工法はないか。
  • 工程数は減らせないか。
  • 不用作業はないか。
  • 作業を複合または簡単にできないか。
  • もっと安く買う方法はないか。
  • 新製品、新材料が出たことを知っているか。
  • 検査は無くせないか。
  • 帳票類とその整理はうまくいっているか。
  • 供給仕入先は適正か。
  • 調達のやり方を変えられないか。
  • 他社の製品を研究したか。

どうですか、コストダウンに向けた姿勢が伝わってくるようですね。ソフトウェア開発に置き換えて応用できそうなものも多くあります。製造業は、長年にわたってこのような改善活動を続けてきたことにより、今日のような国際競争力のある姿に成長できているのです。

一方、ソフトウェア業界では、製造業と違ってコストダウンへの意識は甘いと言わざるを得ません。コスト以前に品質不良による問題が多く発生するために、改善の方向が品質にばかり向かってコストに回らないのです。自社の取り組みを思い浮かべてください。品質に関する制度や体制、チェックリストはあるけれど、上記のようなコストダウン目的のチェックリストはないと思います。連載第5回の「合理化・効率化のために先行投資する覚悟」で「ルック・製造業」を訴えましたが、コストに関しても製造業のたゆまぬ改善努力を見習いたいと思います。

VACDから生産性向上へ

単にコストダウンの号令をかけると、”安かろう悪かろう”という手抜き工事的な方向に向かう恐れもあります。実際、品質への取り組みを強化すればするほどコストアップしますし、保守のサポートを手厚くしようとすれば、その分工数がかかります。なので、コストを下げるためには品質やサービスを落とさざるを得ないと思われがちなのです。こうしたミスリードを防ぎたいので、単なるCDよりも“必要な品質を維持した上でコストダウンを図る”という意味合いを持つVACDの方が好きなのですが、死語になったのであれば仕方がありません。

代わって最近よく使われるのが「生産性向上」という言葉です。ソフトウェアの生産性について考えてみましょう。生産性を価値とコストで表わすと次式のようになります。生産性は、コストを下げるだけでなく価値を高めることでも向上するので、単にコストダウンのみを謳うよりも前向きな意味合いを持つのです。

生産性=価値(Value)/コスト(Cost)

「ソフトウェア開発の生産性とはなんですか」。改めてそう尋ねてみると、シンプルな質問なのに意外とトンチンカンな回答が返って来ます。それだけSIerには生産性というキーワードが浸透していないのです。そこで、「生産性が低いとどうなりますか」と質問を変えてみましょう。

例えば、eコマースサイト構築のRFP(Request for Proposal:提案依頼書)を受け取った時、他社が3000万円なのに5000万円で見積を提示したら失注します。つまり価格競争力を失って仕事を取れなくなるのです。請負開発でなくSES(System Engineering Service:常駐・派遣)でも生産性は重要です。生産性の高い人は”高く売れ”ますし、生産性の低い人は”この人いらない”と返されたりします。

パッケージソフトやクラウドサービスなどのプロダクトビジネスにおいても生産性は重要です。生産性が低ければ販売価格に跳ね返りますし、なにより機能改善のスピードが遅く他社製品に競争で負けることになります。

このように生産性は企業の競争力に直結する重要なファクターなのですが、製造業に比べて意識が薄いのはなぜでしょうか。1つはパソコンや家電製品など仕様(性能)が明確で市場の競争原理が働いているハードの世界と違い、ソフトウェアという”売り物”は外見から価値を判断しにくいので、価値が低く(すなわち生産性が低く)てもごまかしが効くからです。

例えば常駐・派遣で1人月70万円という条件で来てもらうAさんとBさんの価値(生産性)は、経歴書だけではなかなか判断できません。なので派遣する側としては、Aさんの生産性を高めることよりも、いかに途切れなく派遣先を見つけられるかに目が向くのです。

もう1つは、ソフトウェア業界が”ちゃんと動くこと”という「当たり前品質」に価値を置き、”使い勝手が良い”という「前向き品質」を重視するレベルまで到達していなかったことです。そのため、価値(品質)が最低合格レベルであれば善しとして、それ以上価値を高める努力をしなくても済んでいるのです。

しかし、ソフトウェア業界も30年くらいの間に成熟してきて、ユーザーの目も厳しくなり、競争も激しくなってきました。これからは、他の業界並に”価値あるものを安く提供する”ことを強く意識して実践しないと淘汰されてしまいます。SIerにとって、今がまさに”生産性向上に本気に取り組む”絶好の機会なのです。

生産性を向上させる

生産性を向上させるには、A.価値を上げる、B.コストを下げる、の両方をきちんと意識して実践する必要があります。少し掘り下げて考えてみましょう。

(1)価値を高めるメリット

ソフトウェアにおいて”価値を高める”とはどういうことでしょうか。多くの場合、それは”顧客満足度の向上”とほぼ同義になります。例えば、SESでAさんとBさんが同じ1人月70万円で契約していた場合、Bさんの方がより多くのプログラムを作ったり、品質が良かったり、使い勝手の良いものを作ったりすれば、次の契約更新時にBさんの契約金額を80万円に値上げできます。

請負開発にしても、ユーザーに検収をもらって本番稼働したシステムが使いやすい顧客満足度の高いものであればリピートオーダーにもつながりますし、口コミで良い評判が広がります。パッケージソフトやクラウドサービスなどのプロダクトの場合はもっと明確です。価値が製品という形で目に見えるので、価値の高い方が売れ、低い方は消えていくことになります。

(2)“価値が高い”とは

いったい“ソフトウェアの価値が高い”とはどのようなことでしょうか。思い浮かぶのは「使い易い」「品質が良い」「デザインが良い」「効果がある」「パフォーマンスが良い」「すぐに使えるようになる」「保守性が高い」といったことです(図)。つまり、同じコストでもこのような価値を高めて「う〜ん、良いソフトだ!」と顧客に満足してもらうものを作ることが生産性向上になります。

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図:生産性の向上=価値を上げる+コストを下げる

(3)価値を高めるには

では、どのようにしたら価値を高められるでしょうか。個人やチームの技術力を高める、ナレッジを共有する、良い開発ツールを採用する、アジャイル開発などの手法を取り入れるなど、やることは山のようにあります。

中でも一番重要なのは「価値の高いものを提供して喜んでもらう」というマインドを全体で持つことです。「品質=バグのないこと」から一歩進んで「品質=喜んでもらうこと」という意識を持つのです。この意識改革が価値を高めるための原点であり、これなくしてはどんな手段を取り入れても成果が出ません。とは言え、この意識改革はかなり高いハードルなので忍耐強い覚悟が必要です。組織を変える前に、まず自分自身の意識から変えてみてください。

(4)コストダウンへの意識改革

生産性のもう1つの要素「コストを下げる」に関しても、まずはマインドの改革です。製造業に比べて、IT業界はコストダウンの意識が希薄なのはなぜでしょうか。1つは前述の通り”コストより品質”という考えが染み付いていることですが、”原価の積み上げに利益を乗っけて見積る”という足し算方式(A)でビジネスをしてきたためでもあります。

A. 原価(コスト) + 利益 = 見積

式としては間違っていませんし、実際にソフトウェアの見積金額はこのようにして算出します。しかし、”正しい”……のですがビジネスの現場では通用しない場合があります。

B. 市場価格 - 利益 = 原価(コスト)

市場で勝てる価格にするために、原価をいくらに抑えなければならないか。厳しいビジネス競争では、このような引き算の方式(B)が求められます。そして、この発想がない限りコストダウンにつながらないのです。

もちろん、ソフトウェア業界でもBはあります。しかし、価値や市場価値があいまいなためにAで済むことが多く、「乾いた雑巾をさらに絞る」という製造業のようなコストダウンへの厳しい取り組みが組織的に行われていないのです。

B式の左辺と右辺を入れ替えるとC式になります。わざわざ式にするまでもない当たり前のことですが、コストダウンをすれば利益が大きくなります。以前、SIerの利益率が低いことに言及しましたが、A式でものを考えている限り利益率は高くなりません。ぜひ、C式でものを考えるように意識改革してください。

C. 市場価格 - 原価 = 利益

(5)コストを下げるには

どうやったらコストを下げることができるか。この課題に関しては、ぜひ社内でディスカッションしてください。「技術力を高める」「良いフレームワークを使う」「コミュニケーションを良くする」「最適な開発手法を採用する」「外注やオフショアを活用する」「フリーのツール、低価格なツールを使う」「プロジェクトを円滑に進める」「過剰品質ではなく適正品質に留める」「無駄な作業を止める」などなど、さまざまな意見が出てくると思います(図)。

本連載でこれまで取り上げてきた「会社の改革のための具体的なアクション」の多くは、こうした生産性を上げる取り組みになります。ぜひ、ディスカッションで出てきたアイデアを具体的なアクションプランにまとめ、1つひとつ実践してください。

<<コラム>>工数積算を前提としたビジネスが悪いわけではない

連載第1回「SIerの存在意義と抱える悩み」で”SIerに対するいわれなき誹謗とバッシング”の例をいくつか紹介しました。「SIは崩壊する」などの崩壊論の中には「工数積算を前提としているビジネス」であることが悪いように主張するものもあります。

しかし、工数積算は労務費をきちんと原価計算するために必要な作業です。コストに占める人件費の割合が高いソフトウェア業界なのですから、工数積算により原価をきちんと把握するのは当たり前です。どんなビジネスも原価管理を疎かにしては利益を上げられません。工数積算が悪いのではなく、SIerの抱える悩みは第1回で紹介したようにまったく別のところにあるのです。

今回は、ソフトウェアの生産性について改めて考えてみました。“品質、品質”と金科玉条のように品質(当たり前品質)ばかり重視するのではなく、生産性というファクターにも、もっと意識を強くすべき時期なのです。

なお、コストダウンの意識を持つ必要があるのは、パッケージソフトやクラウドサービスのようなプロダクトビジネスや請負開発においてです。常駐・派遣のようなSESではコストダウンよりも”エンジニアの価値”を高めることに集中してください。帰社日を増やして教育や技術共有を行うなど、“価値を高めるためにむしろコストアップも辞さない”と考える方が現状では良いかと思います。

著者
梅田 弘之(うめだ ひろゆき)
株式会社システムインテグレータ

東芝、SCSKを経て1995年に株式会社システムインテグレータを設立し、現在、代表取締役社長。2006年東証マザーズ、2014年東証第一部、2019年東証スタンダード上場。

前職で日本最初のERP「ProActive」を作った後に独立し、日本初のECパッケージ「SI Web Shopping」や開発支援ツール「SI Object Browser」を開発。日本初のWebベースのERP「GRANDIT」をコンソーシアム方式で開発し、統合型プロジェクト管理システム「SI Object Browser PM」など、独創的なアイデアの製品を次々とリリース。

主な著書に「Oracle8入門」シリーズや「SQL Server7.0徹底入門」、「実践SQL」などのRDBMS系、「グラス片手にデータベース設計入門」シリーズや「パッケージから学ぶ4大分野の業務知識」などの業務知識系、「実践!プロジェクト管理入門」シリーズ、「統合型プロジェクト管理のススメ」などのプロジェクト管理系、最近ではThink ITの連載をまとめた「これからのSIerの話をしよう」「エンジニアなら知っておきたいAIのキホン」「エンジニアなら知っておきたい システム設計とドキュメント」を刊行。

「日本のITの近代化」と「日本のITを世界に」の2つのテーマをライフワークに掲げている。

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